ユニフォーム屋が見聞きした世の中の出来事やユニフォーム屋が語るよもやま話やユニフォーム屋だからやっぱりユニフォームに関する話題を気ままに語っています。
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寒い時には「ん」は付き物
 昨日、名古屋では12月としては58年ぶりの大雪で22cmも積雪があり、会社の前の池田公園も雪で埋もれていました。
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 一気に寒さが増してきた感がありますが、もうすぐ冬至なのでそれも『想定内』といったところでしょうか?

 冬至は一年で一番太陽が出ている時間が短く、この日を境にしてグッと寒さが増してきます。

 冬至にはゆず湯に入りかぼちゃを食べる風習が日本にはあります。

 ゆず湯に入ると体が温まり風邪をひかないと言われますし、かぼちゃは栄養価も高く病気にならないともいわれています。

 「かぼちゃ」は「南瓜」と書いて「なんきん」とも言いますが、冬至に「ん」の付く食べ物を食べると幸運につながるという言い伝えがあるそうです。

 「ん」が付く食べ物といえば、「れんこん」「にんじん」「ぎんなん」「きんかん」「かんてん」など、いずれも栄養価が高い食べ物で、しかもダブルで「ん」が付いているところがいかにも幸運をよびそうですね!

 そして更に強力なのが、ジャガイモの澱粉でできた「でんぷんうどん」というものがありますが、これなどは3つも「ん」が付いているので3倍の幸運を呼ぶということでしょうか? (^。^;;

 今日も寒さが身にしみる一日でしたが、こういう日は「ん」の付く食べ物を食べて体を温め幸運を呼び込みましょう!
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by my-uni | 2005-12-20 20:11 | ひとり言
綿の話
 繊維は大きく分けて天然繊維と化学繊維に分けられます。
 天然繊維の中でも何から取れるかで、植物繊維と動物繊維に分類されます。
 今日はその植物繊維の中でも、最近特に注目度の高いジーンズやTシャツに使われる『綿』について話をします。

 『綿(cotton)』は、あおい科に属するゴシピウムと呼ばれる植物の種子毛繊維で、種子の表皮の細胞が細長く変形したものです。

 綿はきれいな花を咲かせ、花が咲いた後に出来るコットンボールが成熟して中から白い綿の繊維があふれ出てきてそれが綿(綿花)となります。
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 この種子は約1万本の繊維が付いていて、このうちの長い繊維を「綿毛(Lint)」といい、短いものを「繊毛(Linter)」というそうです。

 綿の繊維は細長い単細胞でよじれていて、断面は中空になっています。
 このよじれた形状があるから繊維が互いに絡み合うことができ、糸に紡績するのに必要な特性だそうです。

 ちなみに、繊維の長さと太さは品種や生産地によっても異なりますが、細くて長いものほど良質だそうです

 綿の歴史は絹の歴史よりも新しいのですが、それでも紀元前2600年頃にはインドやペルーで綿が栽培されていたそうです。

 しかし、日本への綿の伝来は比較的新しいそうで、一説によると799年に小船に乗ったインド青年が三河国に漂着し、その青年が綿の種子を持っていたといいます。

 綿はヨーロッパへは回教徒によって紹介され、中国へは太古インドより仏教伝来と共に伝わったとされることから、この青年も布教のため貴重な綿の種子を持ってやってきて、本船が日本の近海で遭難し、小船に乗って三河国に漂着したのではないかとする説です。(『綿と木綿の歴史』より)

 ただ初期の綿作はなかなか成功せず、日本で綿作が定着していったのは戦国時代になってからだそうです。
 そういうことからすると三河に漂着した綿の種子がそのまま日本での発祥の地になったのではないとする説もあるようですが、三河では古くから綿作が行われ、規模も大きく日本有数の綿の産地であったことは間違いないようです。

 江戸時代には三河の綿は矢作川の中・下流域の平野部を中心に発展していったそうですが、その下地があって紡績も盛んになり、明治23年には豊田佐吉さんが「豊田式木製人力織機」を発明し、あの『トヨタ』の前身である『豊田自働紡織工場』が誕生し発展していったと言うのも興味深い話です。
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by my-uni | 2005-12-16 19:31 | チョッと豆知識
初物
 名古屋地方気象台によると、今年の名古屋の初雪は12月5日に観測されたとのことでした。
 しかし、その日は雪が降ったという実感ができませんでした。

 ところが今朝(12月13日)はしっかりと雪を見て肌で感じることができました。
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 今朝の名古屋市の最低気温は零下0.1度でこの冬一番の寒さとのこと。
 所によっては積雪1cmを観測したそうです。

 初物の食材も食べてみなければなかなか実感できないものです。

 やはり五感で感じなければ初物とはいえないので、そういう意味で今日が私の中での初雪でした。

初物と言えば、・・・・・・・・・

 日本漢字能力検定協会が今年の世相を表す漢字は『愛』 と昨日発表していました。

これも過去10年の(2004年「災」、2003年「虎」、2002年「帰」、2001年「戦」、2000年「金」、1999年「末」、1998年「毒」、1997年「倒」、1996年「食」、1995年「震」)という言葉の中では初めての『癒し系』の言葉になります。

ただ、この『愛』実感できなければ本当の意味での初物にはならないと思います。

愛が足りない事件が連日のように報道されている中で、愛を知る「愛知県人」として、来年こそは『愛』を実感できる年にしたいものだと公私ともども願っている今日この頃です。
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by my-uni | 2005-12-13 19:30 | ひとり言
日本人の足
 先日、靴のメーカーさんと話しをしていたら面白いことを聞きた。

 それは、「日本人の足はドイツ人の足に似ている」ということである。

 なぜかというと「ドイツの雑誌を見ていたらドイツ人の足が載っていて、それが日本人の足そっくりに見えた。」と言っていた。

「日本人にもいろいろな足の形があるのにそれだけを見て判断できるのだろうかと一瞬疑問に思ったが、靴のプロの目から見てそう思うのだからきっとそうなんだろう。」とその時は納得した。

日本人の足の特徴は「幅広で甲高」といわれる。

実際に私の足がそうなのでそれが標準なのかと思っていた。

しかし、よくよく調べてみると実際にはそうではなさそうだ。


 足のサイズを測るのに横幅を示す表示を『ウイズ』というが、日本の規格でよく見かけるものが「E・EE・3E・4E」というように[E]が付く規格が当たり前だと思っていたが、日本のJIS規格にはそれよりも遥かに細い[A]や[B]の規格がある。

 古くから靴の文化があるヨーロッパでは足を締め付けてきたこともあり足幅が細い人が多いそうだが、靴を履く歴史が浅い日本にも[A]規格があったとは驚きである。

 コンフォート(履き良さ)を追求していくといろいろなサイズがあってしかるべきで、一律同じ考え方で形を決められない。

 考えてみれば、スーツなどにもY体・A体・AB体・B体とあるように、靴にもA・B・C・D・Eといったサイズがあって良いわけで、それが生産する側の都合か「大きいことはいいことだ」「大は小を兼ねる」「ゆったりしていた方が楽だ」ということから日本ではE~4E規格が当たり前となっている。

 しかし、実際には靴のサイズは大き(ゆったり)すぎても、小さ(窮屈)すぎても足に負担をかけるそうだ

 ところで、ドイツの靴といえばアディダスやプーマが有名だが、ビルケンシュトックも有名で、中でもトングサンダルは世界中に愛用者がいるベストセラー商品だ。

 日本人の足にも合うと評判の高いビルケンシュトックのシューズは一度はいたらやめられないという人も多いようだ。

 ということは、靴のメーカーさんが言っていた「日本人の足はドイツ人の足に似ている」はあたっていると言うことなのだろうか?

さすがプロの見る目はスゴイ!
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by my-uni | 2005-12-07 18:56 | チョッと豆知識
右前と左前
 小さい頃は七五三やお祭りの時など和服を着る機会は度々あったが、大人になるとそうした機会もなく和服を着ることがなくなった。

 私の場合、ここ最近に和服を着た記憶をたどると、温泉旅館に泊って浴衣を着た時ぐらいだろうか。

 普段は洋服しか着ていない生活の中でたまに和服を着るのもいいものだ。

 でも、ふと疑問に思うことがある。

 それは、女性の場合、和服は右前(右側が体に近い側に来る)に着るのに、なぜ洋服は左前に着るのだろうということだ。


 いつのころからか日本人は着物を着るとき男も女も右前に着るようになった。
 それは、人は右利きが多いので右前の方がふところからのモノの出し入れが便利だからだ。

 現在では左前に着るときは人が死んだ時で、それは生きている人間を反対にする風俗だそうだ。


 一方、洋服はというと、15世紀から男と女の合わせが違ってきた。

 男性の場合は自分で洋服を着るのが普通である。
 しかし、女性の方はというとそうではなかったようだ。

 その当時のボタンは大変高価なものでボタンをつけられる女性は衣装係を抱えていた。

 当然のように右利きが多いから洋服のボタンも自分で着るときには、はめやすいように右側につけた方が便利だった。
 衣装係も右利きなので向き合って衣装を着せるには左右反対の方が着せやすいということに気づき左前になったということだそうだ。

 それ以来、男性は右前で女性は左前の習慣が今も変わらず続いているのは驚きである。


 和装では紐や帯で服を留める文化が有ったからボタンを使わなかった。
 だから男女とも右前ということなのだろうが、もし仮に古くからボタンを使う文化が日本にあったのならやはり西洋のように女性は左前になったのだろうか?
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by my-uni | 2005-12-05 17:34 | チョッと豆知識
ミニスカートの元祖
 今日から師走に入り、名古屋では今日初氷を観測したとか。

 でもそんな寒さにも負けずに、今日も街中を歩く女性の姿を見ていると、ジーンズ系やひらひら系のミニスカートをかっこよく着こなす光景を見かけました。

 1960年代の再来か、女性のファッションでミニスカートが復活しているようです。

 ミニスカートといえば「ツイッギー」を連想する人も多いと思います。
 また、1960年にマリー・クワントがロンドンでミニスカートを考案し大流行したことも有名です。

 ファッションは時代を超え繰り返すとよく言われますが、実は1960年よりもズーッと以前からミニスカートはあったそうなのです。

 中国の少数民族であるリー(黎)族が13世紀に手作りでミニスカートを作り着用していたというのを本で読んだことがあります。

 リー(黎)族は、中国最南部の島である海南島に生活する人々で、古くは紀元前の史書にその高度な染織品について記載がされているそうで染織の名手として知られる少数民族です。
 刺繍の上着や木綿の筒型スカートなど伝統に培われた技法は極めて高度なものだそうです。
 その技術に裏打ちされた独自のファッションからミニスカートが誕生したとするとミニスカートを考案した元祖はリー族ということなるわけです。

著書『中国服装史』(白帝社)によると、
「リー族の女性は細い袖、体にひったりとした短い上着を着用し、二枚の前身ごろは衿元から下へまっすぐ下りて左右に開かれたままにしておき、その下に上着と同じ長さの衿ぐりの大きな下着を着る。
また、下には膝までの短いスカートをはき、それは筒型のスカートになっている。」
と書かれていますが、これは正に今のファッションの先端をいく「細身の短丈ジャケットにミニスカートとの組み合わせ」そのものではないでしょうか

 男性の視線を集め、女性の美しさを引き立てる魅力的なファッションというのは古今東西を問わずありますが、いかにも西洋的なファッションの源流がアジアにあるとは驚きですね!
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by my-uni | 2005-12-01 18:15 | チョッと豆知識