ユニフォーム屋が見聞きした世の中の出来事やユニフォーム屋が語るよもやま話やユニフォーム屋だからやっぱりユニフォームに関する話題を気ままに語っています。
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ユニフォームの中にも個性がある
 ユニフォーム【UNIFORM】は英訳すると、『制服』以外にも『一様の・均一の・揃いの』という意味があるように“統一された形式の服”という意味になります。

 皆が同じ服を着ると、全員が同じ集団として同一化したように捉えられ、その中では個性が発揮されないという見方をされることがあります。
 しかしそれは「木を見て森を見ず」の反対の意味で、「森ばかり見ているとその中の木の特徴が分からない」のと同じで、一見統一された様式の中でもいろいろな個性のある木々(人達)が集まってその集合体としての森(集団)になっているのではないかと思います。
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 著書『モードの社会学』の中にこんな記述があります。
 「学生服のあり方がしばしば社会問題化されるが、義務付けられた制服を着崩すことで微妙な差別化を図りプチ個性を楽しむ場合もある。
 そもそも制服を廃止することで手に入れられる自由が市販の既製服に対する選択と組合せの自由しかないのなら、私服も制服と同程度に束縛されているといってよい。
 自分なりの個性的なスタイルを作り出そうとする能動性という点では、制服か私服かにさしたる違いはなく、むしろ基本スタイルの固定化した制服という制約条件の中で創意工夫を凝らすことの方が、デザイン感覚の鋭さやスタイルへの繊細なこだわりを要求するとさえいえる。
 制服イコール束縛・没個性という短絡化された自由剥奪論は、制服を廃止しても自由が無条件で転がり込んでくるわけではないこと、そもそもファッションや流行というものがスタイルの標準化を目指す『ユニフォーム化』運動である。」

こう言っています。

正にその通りだと思います。

 私服でも多くの人に着られればそれは皆が統一した形式の服を着ることになり、正に『ユニフォーム化』されていることになると思います。
 その良い例が『ユニクロ』ではないでしょうか?
 一つのアイテムで数千万点売れているわけですから、その総販売数は計り知れないものがあり、日本国民の一人に一着以上はユニクロの商品を着ていることになります。

 ユニクロの柳井会長の言葉にこんな名言があります。

「われわれとしては服を部品として売っていく。
服に個性があるのではなく、個性があるのは本当はその人なんです。
その人が服を選んで組合せするから個性が発揮できると思います。」


 この言葉からも分かるように、同じ服を着ていても、個性を表すのは服ではなく『服を着ている人』なので、その人なりの着こなしやアレンジ次第で個性は発揮されるということだと思います。

 少し前に、『ユニかくし』という言葉が話題になりましたが、ユニクロの商品に手を加えてユニクロの商品ぽくないように見せるというもので、こうした風潮も『ユニフォーム化』された一見同じように見えるファッションの中にも『個性』を追い求め自分を表現するアートとして『ユニフォーム化された服』を敢えて楽しもうとする人達の姿が垣間見えるような気がします。
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by my-uni | 2009-11-07 15:28 | ユニフォームのこと