ユニフォーム屋が見聞きした世の中の出来事やユニフォーム屋が語るよもやま話やユニフォーム屋だからやっぱりユニフォームに関する話題を気ままに語っています。
by my-uni
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28
株式会社マツヤマ 関連サイト

㈱マツヤマ オフィシャルサイトへ


SENTSUKI
ショッピングサイトへ


㈱マツヤマ●ユニフォーム
名古屋市中区栄5-5-3
<お問い合せ>
フォロー中のブログ
<   2011年 02月 ( 1 )   > この月の画像一覧
日本の文化を紡ぐ
最近のニュースで農産物の値上が話題になっています。
繊維製品の主要な原料である「綿」も昨年から高騰し、一部の商品で値上げを余儀なくされているケースも出てきています。
デフレスパイラルの経済状況の中にあって商品価格が高騰する現象は矛盾しているようにも感じますが、原材料の問題だけではなく生産環境も値上げ要因の背景にありメーカーさんの苦悩も多いようです。

ところで、「綿」が日本に伝わったのは799年(延暦18年)に崑崙人(こんろんじん)が三河国に漂着し、綿種を伝えたといわれています。
三河国とは今の愛知県西尾市のことですが、その時には綿の栽培には失敗し、国産化に成功したのは室町時代になってからだそうです。
江戸時代に入ると綿作は盛んに行われるようになり、矢作川中下流域で特に盛んに行われるようになったそうです。
当時、綿は手作業で糸にしていたわけですが、「綿送り」という綿の種を取り除く作業を経て、「綿打ち」という弓で綿をほぐす作業をし、「糸つむぎ」という撚り子にした綿から糸を紡ぐ作業をして、「かせ上げ」という紡いだ糸をかせ上げるという大変手間のかかる効率の悪い方法で行われていました。
後に紡績機械が登場し効率的に糸ができるようになりますが、その機械は大変高価なものでした。
そうした中、登場してくるのが通称『ガラ紡』といわれる日本で発明された紡績法で、1873年(明治6年)に長野県出身の臥雲辰致(がうんときむね)が発明しました。

『ガラ紡』とはガラガラと音を立てて動くことからその名が付いたといわれています。
通常の紡績機械で行う基本作業は、「繊維を揃える」「繊維を引き伸ばす」「繊維に撚りをかける」「できた糸を巻き取る」という4つの工程があり、西洋式紡績ではこれらの作業を分割して行い、それぞれに機会を連結して作業をしていました。
それに対して『ガラ紡』は「繊維を引き伸ばす」以下の工程を1台の機械で行うことができ、簡便な構造で西洋式紡績に比べて安価なことから設備投資しやすく、農家の副業として広がって行ったそうです。
『ガラ紡』は全国に広がっていきましたが、中でも最も発展したのが、綿花の栽培が盛んに行われていた三河地区であったそうです。
1879年(明治12年)には手廻しで動かしていたガラ紡績機を水車を使って水の力で動かす水車紡績としたり、川の流れを利用して舟に紡績機械を積んだ舟紡績もあったそうです。

『ガラ紡』の糸は綿の繊維が自然に絡み合って紡がれているので、糸の太さが一様ではなく、適度な凹凸があるのが特徴になっています。
それが『ガラ紡』の風合いを醸し出しているわけですが、それだけでなく限りある資源を大切に使い環境への優しさにも配慮した側面もあるようです。

『ガラ紡』は明治20年代前半をピークに次第に衰退していきますが、それは品質や生産性に勝る西洋式紡績に太刀打ちできなかったことが要因となります。
そこで、洋式紡績工場から出る落綿(くず綿)を原料としてコストの安い綿糸を生産することで活路を見出していったそうです。
戦時中には繊維資源や原料が次第に不足してきたことから、昭和13年3月1日に「綿糸配給制度規則」
が施行され、これによって織物業者は割当票と引き換えでなければ綿糸を買えなかったそうです。
ところが、『ガラ紡』は紡績会社の落綿を原料にすることから「ガラ紡は綿糸にあらず」として統制外の糸として扱われたそうです。
敗戦後の衣料不足の時代には繊維の再生に優れた技術を持つ『ガラ紡』が再び見直され、資源不足に対応できる技術として注目されたそうです。
そうした、限りある資源を大切に使い環境への優しさにも配慮した側面を持つ『ガラ紡』で紡いだ糸で織られた布は、人にも環境にも優しい『和布(わぬの)』として和食や和菓子や和服や和紙のように日本独特の文化として語られているようです。

その『ガラ紡』で作られた製品をもっと多くの人に知ってもらおうと活躍している会社があります。
それはAnything(エニシング)という会社で【詳しくはこちらをご覧下さい⇒http://www.anything.ne.jp/index.html】、ご縁(エニシ)が次々とつながっていく(ing)仕事をしていきたいという思いからその社名が付けられたそうです。

Anythingさんのホームページにはこんな記述があります。
「我々エニシングは、今後、次の世代にも伝えていくべきものづくり、そして大切に残していかなければいけない、日本の心、スピリットをひとりでも多くの方に知ってもらいたい、そして次の世代へきちんと残していきたい、と思っています。
それが我々の役割じゃないか、と。
良いもの創って、世界のみなさんに見てもらい、使ってもらう。
そして、これを読んでいただいている皆さんと、ニッポンって楽しいぞ、と言える世の中になるといいなあ、と日々感じています。」
そうした高い志を持って日本の文化を伝えていこうとしているAnythingさんとコラボレーションして2011年新作ユニフォームの「帆前掛け」が登場して話題となっています。
e0053563_2051039.jpg

【詳しくはこちらをご覧下さい⇒http://www.arbe.co.jp
Anythingさんの志が広がり、居酒屋さんやパン屋さんやカフェなどの全国の飲食店で日本の伝統文化を感じていただける日が来るのも近いのかもしれませんね???
[PR]
by my-uni | 2011-02-22 20:07 | 伝わりますか?