ユニフォーム屋が見聞きした世の中の出来事やユニフォーム屋が語るよもやま話やユニフォーム屋だからやっぱりユニフォームに関する話題を気ままに語っています。
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ソーシャルな商い
最近、「ソーシャルメディア」という言葉をよく見聞きするようになってきました。
「ソーシャルメディア」は、ブログやツイッターやユーチューブやミクシィやフェイスブックといったメディアのことをいうそうです。

「ソーシャル」を直訳すれば、「社会的な」という意味になりますが、インターネットの世界では以前から「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」という「人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型の会員制のサービス」として趣味や特定のテーマに関心のある人達が集まるコミュニティを形成して話題にもなっています。
また、「ソーシャルウエア」といえば「ちょっと改まった社交の場に着ていくドレスなどの社交服」、「ソーシャルダンス」といえば「社交ダンス」、「ソーシャルワーカー」といえば「社会福祉士」というように、「ソーシャル」という言葉は日常生活の色々な場面で使われています。

ビジネスの世界でも「ソーシャルな視点」を加えてマーケティングを行う動きがあるようですが、もともとは1960年代にアメリカで起こったコンシューマリズム(消費者運動)が発端となったといわれています。
従来のマーケティングでの視点は「企業と消費者」の二者間でしたが、それに「社会」という視点を加えて「企業の社会的責任」を意識するようになってきているのが、現在のマーケティングの潮流のようで、それを「ソーシャルマーケティング」という言い方をしているそうです。

その「企業の社会的責任」を果たした先駆けとして、古くは江戸時代に活躍した「近江商人」がいます。
「近江商人」は、商売は自分だけではなく、買い手やその土地のすべての人にとって役立つものであるべきだとする『三方よし』の教えを説いています。
その教えの背景には、こんなことがあったそうです。
徳川家康の江戸入府後に発展していった関東や東北地方に近畿圏の商人たちは商圏の拡大を図り進出していきましたが、中でも近江商人は、関東の都市圏のみでなく地方の奥深くまで行商をしにいき、江戸などに中継地を設けて商品を集積して、そこから行商の旅をしていたそうです。

往路は、上方の工業製品や近江の物産を仕入れて販売して、復路は各地の物産を仕入れて上方や近江で販売するという「鋸(のこぎり)商い」といわれる効率的な商いをおこなっていたそうですが、当時の江戸の経済は、藩ごとに生産し消費するという自給自足が建前であったところを、藩の境界を越えて商売をする近江商人は、他藩の物産を持ち込んで蓄えた金を奪い、帰りには藩の物産を持ち去る存在として「近江泥棒」と揶揄されたそうです。
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こうした社会の中で、近江商人は、売り手と買い手の利益のみでなく、行商先の藩すなわち「世間(社会)」に対しても自分たちの存在が有益であることを積極的にPRすることが求められ、行商を通してその土地の生活の向上や経済の発展に寄与することで、「世間(社会)」の求めに応じた商いを行い、社会の役に立った結果として利益を上げていくという『三方よし』の考え方である『売り手よし、買い手よし、世間よし』という社会貢献を意識した商いを実践していたそうです。

この『三方よし』の考え方である『売り手よし、買い手よし、世間よし』という教えは、今の時代にも共通する価値観で、正に「ソーシャルな視点を加えた商い」であるのではないかと思います。
「モノが売れない」と嘆いている今の時代にあって、先達が過去に実践してきた行動を振り返り、『どうしたら社会が幸せになるかを考えて、自分たちのやり方で実践する』という『売り手よし、買い手よし、世間よし』『三方よし』の教えを今一度見つめ直してみる必要があるかもしれませんね?
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by my-uni | 2011-08-18 20:27 | ひとり言